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上半期終了
早いもので、今日で上半期が終了だ。
早い・・・実に早い・・・。

そういえば年初めに、私の今年1年の占いを見てみた。
すると、何と、嬉しいことに
「理想の異性に出会う」
「仕事に大きな変化あり」
と、あった!
前者を読んだ当時は、うぉ〜〜〜〜〜っと喜んだものだ。

上半期終了する今日。
振り返ってみる。

あの占いは・・・・確かに当たっていたよ。
仕事に、大きすぎる変化があったさ。

ま、それはいいとして、
完璧なまでに理想な男性に出会えた♪
でも・・・さすが占い。
「出会う」とか書いてあったが、
「うまくいく」とは書いてなかった。
そう。出会えただけ。
うまくいかずに、終了。
ふぅ。
そんなもんよね。

その後、またしてもいい出会いあり。
やったー、と喜んだのもつかの間。
うまくはいったが、すぐ終了。
ふぅ。
こんなもんよね。

上半期だけで、
いい出会いが2回会っただけでもよしとするか・・・

ってな事で、明日から下半期に突入。
いい事があるといいな〜。
あ、でも
いい事ってのは待ってても来ないからね。
自分で掴み取りに行かないと!
何処に手を延ばせばいいのか分からないので、
今は、とりあえず、闇雲でも空中に手を延ばしてみるかな。

今年上半期の恋愛決算をしてみる私であった。
| - | 22:28 | - | trackbacks(0) | -
登園時間
「登園時間は一定の方がいいですね」

こんなセリフを幼稚園の先生に言われたことはないだろうか?
登園時間が不規則な人ほど、このセリフを言われると思う。

なんで言われるか。
それは、登園時間が友達付き合いに大きな影響力があるからだ。

登園して一番先に向かうのが教室だよね。
その教室内で、出席シールを貼ったり、
幼稚園によっては着替えたりもする。

時間にしたら短いかもしれないが、
この行為の間、教室内で関わる友達ってのが、
そのまま外に出て一緒に遊ぶ友達になりやすいのだ。

だから、登園時間が一定だと
毎朝教室で顔を見る人も一定になり、
親しみを覚えやすい。

親しみを覚えると、何となく喋るようになり、
そこから仲良くなり、一緒に外で遊ぶようにもなりやすいのだ。

でも、
登園時間がまちまちだと、
毎朝合わせる顔も違うので、
親しみを持ちにくく、友達にもなりにくい。

朝、教室で顔を合わせる人だけが友達になるのかというと、
もちろんそういう訳ではないのだが、
友達になるきっかけの1つである事は確かだよね。

きっかけは多い方がいい。

そう思うと、登園時間は一定の方がいい、という訳だ。

もしもこのセリフを先生に言われたことがあるとすれば、
もしかしたら友達が少ないのかもしれない。
もしかしたら、だよ。

もしそうなら、先生も友達を何とか作ってあげようと、
色々なきっかけを試行錯誤してるはず。
色々試した上で、
「登園時間が一定なら友達ができるのに・・」と判断して
それを親御さんに伝えているのかもしれない。

友達、という枠に限らず、
登園時間が不規則だと、
その子の中で朝の時間配分がまちまちになるので、
不安定になりやすい。
みんながみんな、そうとは言わないが、
登園時間が毎日一定の子と、そうでない子とでは、
やっぱり「朝の燃焼度」が違うよね。

朝、不完全燃焼だと、その後にも響いてくるし。

家庭の朝、というのは戦争だろう。
やる事がいっぱいで忙しい、の1語に尽きると思う。

でも、できるのであれば、
毎日同じ時間に家を出られるように心掛けていきたいなぁ・・・
| - | 22:15 | - | trackbacks(0) | -
プール
幼稚園でも、もうすぐプールが始まる。

でね、毎年毎年、ちょっと私が疑問に思うのが・・・

「うちの子、すみませんが、
 頭から水をかけられないんで(or 顔に水が掛かるのを嫌がるので)
 シャワーは頭から掛けないで下さい」

という依頼。
これって・・・どう??

楽しいプールだから、わざわざ嫌がる事はしないようにしてあげて、
という事なんだろう。
先生達の中にも、これを考慮して
プール前後のシャワーで頭から水を掛けないように
配慮してあげている人もいる。

でも・・・私はしない。
そんなのお構いなしに頭からシャワーを毎年掛けている。

なんでかって?

だって!
汗かいてるんだよ!
み〜〜〜んな、汗を落として、体の汚れを落としてから
プールに入ってるんだよ!
それって、プールのマナーなんじゃないの!?

皆で使うプールだからこそ、
消毒槽にも腰まで浸かってるんじゃないの!
それをさー、
顔や頭に水が掛かるのが嫌だ、っていう理由で、
その子だけ汗付きでプールに入るのを許可されるのは、
いかがなものかと思う訳よ。

自分はよくても、皆に迷惑じゃない?
ダメだよ、そんなの!
マナー違反でしょ!

ただ、私だって鬼じゃないので、
『嫌だ』という気持ちは考慮してあげている。
他の子には、
普通に頭からジャーーーーッとシャワーを直に惜しげなく掛けるけど、
苦手な子には、
私が手で、その子の髪の毛を洗うようにしながら、
直に水が掛からないように手でブロックしつつ、
シャワーを掛けて汗を落とすようにしている。

それ位の配慮はしてあげないとね。

でも、そこまでだよ。
「頭から水は掛けない」なんて配慮はやりすぎだと思ってるから。

という訳でー、

×「うちの子、顔に水が掛かるのを嫌がるので
 シャワーは頭から掛けないで下さい」

「うちの子、顔に水が掛かるのを嫌がるので、
   ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、宜しくお願いします」

とまぁ、こういう言い方にして下さい☆

【癒しの写真】
070617_1327~01.jpg
| - | 23:31 | - | trackbacks(0) | -
お泊り
さ〜て、7月に入れば、一気にお泊り保育一色になってくるぞ!
年長のお母さん達も、
7月に入れば段々気持ちが盛り上がってくるんじゃないの〜?

また、夏休みに入れば、○○キャンプ、と称して
子ども達だけで旅行に行くツアーも色んな所で催されているので、
それに参加しようかどうしようか迷っている人も多いのでは?

さて、
そういう企画モノの「開催者側」からしてみれば、
子ども達に身につけておいてほしい事がある。

それは『自分の事は自分でやる』。
さ〜、短く書けば1行でサラッと納まっちゃったけど、
奥が深いわよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜
た・と・え・ば〜〜〜〜〜〜

●脱いだ物は自分で畳む
●着る服を自分で鞄の中から出す
●お風呂で自分で洗おうとする
 (できかったら手伝うけど、ハナから「できない。やって」では困る)
●鞄の中から自分で色々な物を出す(何処に何があるか把握しておく)
●鞄の中に自分でしまっていく(出しっ放し厳禁)

たったの5項目かもしれないが、
たかが5項目、されど5項目、である。

これらの事柄は、一朝一夕の付け焼刃でできるモノではない。
日頃からの経験がモノを言うのだ。

普段、親が手を出しすぎていたり、
やるように注意はしても、放り出した末、結局は親がやってしまったり、
全部親がやってあげていたりすると、
そういうお泊りの場に行った時、
一番苦労するのは、他の誰でもない、子どもなのだ。

先生は手伝ってはくれないからね。

何処にパンツがあるのか分からなくてなくのは、子どもだもん。
脱いだはずの服が見つからなくて困るのは、子どもだも〜ん。
先生じゃないも〜ん。

お泊りの日程まで、あと1ヶ月を切っている今、
家庭で是非、自分の事は自分でやる習慣を付けさせてあげてほしいね。

日頃の経験がモノを言う、というのを忘れないで!
| - | 23:13 | - | trackbacks(0) | -
ブルー
平日なのに幼稚園ネタが書けない程、今、ちょっと・・・・鬱かも。

ご飯が食べられない
喋りたくない
何か苦しい
悲しいような感覚

この感覚、失恋に似てるかも。
あ、でも別に似てるだけで失恋した訳じゃないんだけど。

すごくいい事があって。
ものすごくいい事があって。
本当に嬉しくて。
嬉しすぎて幸せだなって感覚にもなるくらいで。

でも、それが、反動を生む、みたいな。
今回の「いい事」の顛末が読めるから。
つかの間のいい事の裏側には、結果として傷付くを生むこともある。

なんかそれを先読みしちゃって、
一気に ず〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・って気分になっちゃってるみたい。

気のせい、ってんならいいんだけど、多分、気のせいじゃない。

こういう考えがあって、こうなるだろうな、
という読みがあってね、
でもその「考え」ってのは私にとっては悲しいものなんですよ。
でも、読み通りになったので、
あぁ、きっと「考え」も読み通りなんだろうな、って。

だから悲しくなっているのかも。

って、読んでる人にとっちゃ、なんのこっちゃ分からないですよね。
こんな、めちゃくちゃ個人的な感情を
ブログに書くつもりはサラサラなかったんですけど、
なんか・・・他の文章が書けないんです。

それほどまでに、なぜか凹みすぎているみたいで。
憶測と言われればそれまでなんだけど、
99%憶測じゃないんだな、これが。
残りの1%を見つめる程、自信はないもんで。

・・・ほんと、なんのこっちゃ?っていう内容ですみません。
今日は、本当に、ただの個人的な日記です。

*25(月)の穴は、今日はとても埋められそうにないので
 明日以降に書きます。重ね重ねすみません。
| - | 22:33 | - | trackbacks(0) | -
暑いけど
うちの幼稚園は、
どんなに暑かろうが、どんなに寒かろうが、
雨や雪が降っていない限り、毎日毎日外遊びの時間が結構ある。

それを他園に勤める友達に話したら、

「え〜〜!信じられない!
 うちの幼稚園は、夏は外遊びはできるだけ控えてるよ〜。
 日射病になっちゃうじゃん〜。
 光化学スモッグ注意報とか出てても外で遊ぶの?」

って言われた。
えー・・・・??
そんな事言われて、信じられないのは、私の方だよぉ・・・
仮にも幼稚園でしょ?
日射病になっちゃうから、夏は外遊びはしない、なんて・・・
それって、それって、アリなの??

そりゃ〜確かに殺人的に暑いけどさぁ。
ぶっちゃけ、そんな暑い中、走って遊んでるとぶっ倒れそうになるけどさぁ。
室内遊びだけじゃ、子どものストレス溜まるでしょ??
暑くて汗ダラダラになるけど、
でも思いっきり遊んでると気持ちいいよ〜?

体を動かして遊ぶ、なんて基本じゃないの?
暑いからと言って、室内にこもってたら、
心身共に逞しい子どもには育たないんじゃないのかなぁ。
暑いから外で遊ばない、なんて、軟弱すぎるよ。

夏は暑い。
仕方ない。

ただし、
ずっと日向で走りまくっていると、
冗談抜きで本当にぶっ倒れるので、
頻繁に日陰で休憩したり、お水を飲んだりはするけどね。

まぁ、確かに温暖化が進んでいる今のご時世、
暑さは昔とは比べ物にならなくなってきてはいる。
そんな世の中の移り変わりの中で、
健康上の問題も考えつつ、
外遊びの形態も変えていかなくてはいけないのかもしれない。

でも、分かっちゃいるけど・・・
やっぱり、外で沢山遊ばなくちゃって思っちゃうなぁ。

あぁ、そうそう、光化学スモッグ注意報。
私が子どもの頃は、これが発令されると校庭には出られなかったっけ。

そういや、何年も幼稚園で働いているけど
「光化学スモッグ注意報が発令されたから、今日は外遊びはやめましょう」
って言われたことないな。
2桁以上の年数を働いてきて、
その間に光化学スモッグ注意報が発令されてない、なんて事はないだろうし。

うちの幼稚園は、そんなのお構いなしなのかも。
・・・それは、どうなんだろう??
気象庁の注意報なんだからちょっと気にした方がいいんじゃないの〜、と
個人的には思うんだけど、それは敏感すぎなのかな??

とにかく、暑くても外で元気よく遊べる子どもに育てたいね。
先生も、頑張らなくっちゃね!

・・・って、お陰で既に腕も足も日焼けものがすごい・・・
誰か、
『絶対絶対絶対絶対に焼けない日焼け止めクリーム』を
開発してくれないかな〜・・・
| - | 23:46 | - | trackbacks(0) | -
う〜〜
相変わらず、遊びすぎた週末であった・・・

金曜夜は22:30頃から飲み始め、2時過ぎまでいて、
そこからドンキホーテに行き、
コンビ二でアイスを買って、
皆でうちにきて、5時頃帰っていったしー。

土曜は、○○道の激ウマ焼き鳥店で22時まで飲んでたしー。
今日は今日で、○○山で21時までお食事してたしー。

我ながらタフだなーって感じる週末だった。

んで、思ったのが、
やっぱり、週末のこういうリフレッシュがあるからこそ
平日幼稚園で頑張れるんだよね!

友達を大事にして、遊びに行くことも大事だな〜って思う。
家にずっとこもっている週末もたまにあるし、
そのダラダラも貴重な時間なんだけど、
やっぱり沢山遊んだ分だけ、
肉体的な疲れよりも、精神的なリフレッシュの方が
私には大きいかな〜。

家にこもっていては何の刺激もないけど、
外に出て行き、いろんな人と接していると
やっぱりそれなりに感性が刺激されるもんね!

・・・ただ私の欠点は、
保育の上では時間配分は慎重に考えて行っているのに、
ひとたびプライベートになると時間配分がめちゃくちゃあせあせ

5時まで遊んだり、14時まで寝てたり・・・
遊びつつも時間はたっぷりあったくせに、
何故か日曜日の夜2時までブログを書いてるし下向き

日曜くらい早く寝て、新しい1週間に備えればいいのにね。
毎週毎週毎週毎週・・・ほんと、日曜は寝るのが遅い。
何やってんだか・・

ためこむと、ろくなネタ書かないな。
ためないように頑張ろう〜!
| - | 23:59 | - | trackbacks(0) | -
しゃぼん玉

『しゃぼん玉』 作詞:野口雨情 作曲:中山晋平

しゃぼん玉とんだ 屋根までとんだ
屋根までとんで 壊れて消えた
風かぜふくな しゃぼん玉とばそ

しゃぼん玉きえた とばずに消えた
うまれてすぐに 壊れて消えた
風かぜふくな しゃぼん玉とばそ


有名なこの歌。
屋根まで飛ぶ=成人になる、とたとえ、
幼くして亡くなった雨情さんの子どもを偲ぶ歌、
子どもたちが元気にすくすく育ってほしい願う歌としても有名だよね。

悲しいけれど、美しい歌。
私はこの歌が好きだな。

ところで、出だしの「しゃぼん玉とんだ〜」だけどさ、
「しゃぼん玉」の「しゃ」をドで歌う?ソで歌う?

♪ドードドドーレーミーソーソー♪で歌うか、
♪ソードドドーレーミーソーソー♪で歌うか。

楽譜としては、どっちでもいいんだけど、
私としては「ソ」なんだよな〜。

「ソ」だと低くて子どもには歌いにくいし、
そもそも楽譜では( )扱いだから、
「ド」の方が一般的なんだろうけど、
小さい頃ず〜〜〜〜っと「ソ」で歌ってたから、
そっちのイメージの方が強いんだよね。

こういう歌ってさ、ピアノで歌うというよりも、
お母さんやおばあちゃんと一緒に、
しゃぼん玉をしながら歌う感じだよね〜。

そういう歌が私にはたくさんある。
「たなばた」もそうだし、
「しゃぼん玉」もそうだし、
「森のくまさん」もそうだし、
「チューリップ」もそうだし、
「もしもしかめよ」もそうだし・・・

まさに童謡。
ピアノでの弾き語りというよりも、
口から口で伝えられていく歌。

そういうのって、なんか素敵じゃない?
楽譜とはちょっと違ったところがあっても、
思い出があるから心がこもってるというか・・・

「しゃぼん玉」の楽譜を見て、そういうのを思い出したから
ちょっと書いてみました。

歌って「幼稚園で教わってくるもの」だけじゃないんだよね。
「家で謡い継がれていくもの」でもあると思うんだ。

そういう歌、今の子ども達にも沢山あるといいな〜
| - | 23:35 | - | trackbacks(0) | -
普通、人の子どもを叱る?
「普通、人の子どもを叱る〜!?」

テレビを見ていたら、CMでこんなセリフが流れた。
私には、すごくショッキングな一言だった。

あまりのショックにその後の展開をよく覚えていないのだが、
確か、
人との触れ合い・温かみがあればいいんじゃない?という感じだったような。

CMの意図も分かる、なぜそのセリフを使うのかも分かる。
色々分かった上で、だからこそショッキングな一言だった。

そうか。
そういう逆説的な問題提起をするように見せかけないと
そういうことが分からない世の中なのか・・・と。

そうだよね・・・
自分の子どもすら、ろくに怒れない親が増えてるんだもんね。
人の子どもなんて叱れないか。
ってか、そもそも陰口は叩いても、
目の前で人の子どもを叱るなんてことしないよね・・・

そっか・・・

私の主婦友達は、人の子どもでもガンガン叱る。
いけない事はいけない、とハッキリ教えてあげられる。
そして、いい事もガンガン褒める。
子どもと同じ目線で見てあげ、考えてあげ、
一緒に楽しみ、一緒に遊び、
尚且つ、ちゃんと怒れる。

しかも、自分の子どもだけでなく、
それを人の子でもやる。
つまり、自分の子どもと同じように、
人の子どもも大事にしているのだ。
そうでなければ、そういう事はできない。

でも、そういう親御さんは少ない。
難しいんだけどね、そういうのって。
難しいけど、でも、できたらいいよね。

いけない事はいけないと、
自分の子でも、人の子でも、
ハッキリ教えられる大人になれるといいな。
| - | 23:34 | - | trackbacks(0) | -
平仮名を教えた方がいい?
今日、とある親御さんに質問された。

「うちの子、平仮名が全然分かってないみたいなんで、
 教えた方がいいのかなぁ。何かいい方法はないですか?」

ふむ・・・

文字(数もだけど)ってのは、教えこむものじゃなく
日常生活の中で興味を持っていくものだと私は思う。

絵本を読んだり、
看板の字を読んでみたり、
カルタをしたり・・・

興味が向くように仕掛けはするけど、無理強いはNG
教えようとせずに、遊びに取り入れちゃえばいいんですよチョキ

手っ取り早いのはカルタ。
ただのカルタでもいいけど、
『神経衰弱文字バージョン』を作るのもいいかもムード

例えば、子どもの名前が山田太郎・花子なら
「や」「ま」「だ」「た」「ろ」「う」「は」「な」「こ」の
9文字のカードを2枚ずつ作って、神経衰弱をするとか。
これをやるなら、子どもに字を書かせるのではなく
親が正しい文字で書いた方がいいですね。

あとは宝探しゲームならぬ「おやつ探しゲーム」とか!
例えばね、
「今日のおやつはこれ〜」と子どもに紙を1枚渡すのよ。
そこには『いす』と書いてあって。
椅子に行くと、椅子の上に紙があって、そこには『げんかん』。
で、玄関に行くと靴箱の上とかに紙があって『たんす』。
箪笥に行くとまた紙があって『てれび』。
で、テレビの後ろにおやつが隠してあるとかね♪

遊べるところがミソよね。
これをやるなら、文字数を少なくするのがポイントかな。
文字数が多いと、面倒になっちゃうかもしれないから。

これとはまた違うけど、
私は父の誕生日に、
卵の中身だけをうま〜く抜き取り、殻だけの空卵を7個作り、
1個につき1文字だけ字を書いた紙を仕込みました。
それを天井から吊るしておいたのね。
(中身を抜き取る時に空けた穴の中に、糸を付けた楊枝を潜らせ
 うまく糸で吊ったの)

で、父に1つずつ卵を割ってもらって。
卵を割ると『の』『お』『れ』『な』『し』『か』『い』の7文字のカード。
これを並び替えてもらい『おしいれのなか』にさせ、
押入れの中に隠しておいたプレゼントを見つけ出してもらったのさ。

2〜3年前にやったんですが、盛り上がりましたよムード

とまぁ色々書きましたが、
本当は焦らなくてもいいと思うんですよね。

近年、小学校の先生は何故か勘違いをしていて
「幼稚園で平仮名くらい書けるようにしておいてほしい」と
思っているようですが、そもそもそれが大きな間違い。

幼稚園では「平仮名が読める」ができればいいんです。
「平仮名を書く」は小学校に入ってからなんですよ。

それなのに、今では幼稚園でどんどん読みだけでなく書きまで教えちゃって。
読めればいいのにさ。
書けないといけない、みたいな雰囲気がありますけど、
別にいいんですよ、書けなくたって。

小学校にあがると、色んな幼稚園・色んな保育園からきた子がいます。
小学校の先生をしている友達の話だと、
幼稚園出身・保育園出身で、大きな差がある、といいます。

幼稚園だけ頑張ったって、どうせ小学校にあがったら
また1から平仮名を教わるんです。

下手に知識をもってしまうと、
学校の授業をバカにしてしまうと思いませんか?
「それ知ってるー。書けるからいいー」みたいな。
塾に通っている子にも多いですよね、そういう態度。
「もう、それ塾で習った」みたいな。
私は小学校・中学校時代、その言葉に心底ムカついていました。
じゃぁ学校来ないで塾だけ行ってれば〜?って思ってたもん。
そういう子に限って、
「塾で習ったから知ってる」と学校の授業を疎かにしがちで、
テストをすると結局は私の方が点数取れる、ってなっていて
鼻で笑っちゃいましたけど。

って、話がそれちゃった。

とにかく、そんなに焦らなくてもいいんじゃないかな〜、という話です。
子どもが興味を持った時。
それがチャンスの時ですよ。

で、やるのなら「読む」。
確かに年長になると、字を書ける子が多く、
平仮名表を見ながら、みんな書いてはいます。

でも、私個人の勝手な考えでは、
自分の名前くらいは書けるようになっていてくれると嬉しいけど、
それ以外の「書く」はできなくても、焦らなくていいんじゃないかなぁ??

関心が向くようにきっかけ作りをするのは賛成ですが、
教え込もうとするやり方ではなく、
あくまでさり気なく、日常生活に取り入れた感じか、
もしくは遊びに取り入れた感じでやるのがお薦めですね。
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